Expedia, Inc. is not responsible for content on external Web sites. ドキドキのベトナム旅へ!「初めてのハノイ」を目いっぱい楽しむ、ハノイでしたい5つのこと, 【2020年】「富士河口湖紅葉まつり」の見頃は? 紅葉のトンネルとライトアップ情報も, 【GoToトラベル対象】自然と祈りの比叡山を夜訪れる。「秋・冬の比叡山プレミアムナイトバスツアー」. ベトナム「ハノイ」にある観光スポット、『ベトナム軍事歴史博物館』に行ってきました。 いやぁ、ここよかったですよ。意外と展示の規模が大きくて、おすすめです。“軍事もの”とか“ミリタリー”とか、そういうのが好きな人はきっと気に入ると思います。もちろん、そうでない人も貴重な体験ができます。 どういうところだったか、その魅力について書きたいと思います。, ベトナム戦争時、ベトナム軍やアメリカ軍で使われた銃や戦闘機などが展示されています。博物館の隣には、1805年から7年かけて建てられた旧ハノイ城の監視塔があります。, 湖からちょっと離れますが、旧市街から徒歩圏内です。 入り口がどこなのか少しわかりにくいのですが、“レーニン像”の前です。, なかなか風角のある銅像なので、チラ見してみてもいいかもしれません。 また、バッグは受付近くのロッカーに預けなければなりません。そのまま行こうとすると受付の人に止められるので注意。 戦闘機など、屋外に展示がされているので、日中はたいへん暑いです。「帽子」や「水」などを持参することとオススメします。, 銃や弾丸なども多々展示されているのですが、こういった“小物”のほうが見ていて妙にリアリティがありました。 展示数も豊富で、ミリタリーや軍事ものが好きな人はきっと満足できると思います。, これだけの展示数は早々無いと思います。滅多に見れないと思います。 ※博物館前だけでなく、敷地奥に進むとさらに数台展示されています。 写真では伝わりにくいのですが、実際にみてみるとかなり大きいです。, 語弊があるかもしれませんが――よくあるような、「戦争の悲惨さを訴える」ようなものではないと私は感じました。(無論、人によって印象は違うと思いますが…) 戦闘機、戦車、銃……当時のモノが、淡々と展示されているだけです。主観的なメッセージ性はそこには込められていない。我々は、そのモノを『見る』『眺める』、そして『何かを感じる』、それだけです。そしてそれだけで十分だと思います。 それぞれの展示に説明書きなどはもちろんあります。が、それはあくまで「それが何であるか」を説明しているにすぎません。 戦闘機、戦車、銃……それらは、“見るだけ”ならば、モノです。モノにすぎません。 「目的」があってそれらは作られた。そのモノに「目的」はあります。しかし「意志」はありません。銃も戦車も勝手に動き出さない。そこに人の「意志」が加わることで、それは動き出す――つまり、人間次第、ということです。 『ベトナム軍事歴史博物館』では、淡々とモノが展示されています。目の前に「意志」を持たないモノがあるだけです。戦争の悲惨さを訴えるわけでもない、主観的なメッセージ性もありません。それを見て、我々がどう感じるか。それがすべてなんじゃないか、と思いました。 ◆ ◆ ◆ 以上です。「行ってよかったな」と思いました。 戦争がどうのこうのと書きましたが、そのようなことは考えず、単純に鑑賞物として楽しんでもよいと思います。不謹慎かもしれませんが、「面白かった」 という感想でもいいと思います。変に何かを主張している展示でもないので、どう感じるかは自由だと思いますし、それがこの博物館のよいところだと思いまし た。ハノイ観光の際はぜひ。おすすめです。ではまた。良い旅を!, rhateさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog ベトナム戦争で中国はベトナムを支援していたにも関わらず、ベトナムがカンボジアに侵攻した事で中越の対立は鮮明化されていきました。 そして、ベトナム正規軍がカンボジアへ侵攻している間に、中国の人民解放軍は60万人の大軍でベトナムのラオカイへと侵攻したのです。 ベトナム戦争 は ... 2006年には APEC(アジア太平洋経済協力会議) がハノイで開催され、ブッシュ大統領や安倍首相も参加した。隔世の感がある。 1965年のアジア. 中国、フランスからの侵略軍に抵抗した時代から、ベトナム戦争にいたるまでの千年超の歳月、ハノイ城塞は、ベトナムの政治と軍事における重要な拠点でした。 ブログを報告する, “軍事もの”とか“ミリタリー”とか、そういうのが好きな人はきっと気に入ると思います。, また、バッグは受付近くのロッカーに預けなければなりません。そのまま行こうとすると受付の人に止められるので注意。, それぞれの展示に説明書きなどはもちろんあります。が、それはあくまで「それが何であるか」を説明しているにすぎません。, 「目的」があってそれらは作られた。そのモノに「目的」はあります。しかし「意志」はありません。銃も戦車も勝手に動き出さない。そこに人の「意志」が加わることで、それは動き出す――つまり、人間次第、ということです。, 『ベトナム軍事歴史博物館』では、淡々とモノが展示されています。目の前に「意志」を持たないモノがあるだけです。戦争の悲惨さを訴えるわけでもない、主観的なメッセージ性もありません。それを見て、我々がどう感じるか。それがすべてなんじゃないか、と思いました。, 戦争がどうのこうのと書きましたが、そのようなことは考えず、単純に鑑賞物として楽しんでもよいと思います。不謹慎かもしれませんが、「面白かった」 という感想でもいいと思います。変に何かを主張している展示でもないので、どう感じるかは自由だと思いますし、それがこの博物館のよいところだと思いまし た。. ハノイ観光:『ベトナム軍事歴史博物館』 ベトナム戦争時、ベトナム軍やアメリカ軍で使われた銃や戦闘機などが展示されています。博物館の隣には、1805年から7年かけて建てられた旧ハノイ城の監視塔があります。 開館時間:8:00~11:30、13:00~16:30 ベトナムの首都、ハノイにある「ホアロー収容所」(Hoa Lo Prison)。19世紀末に、ベトナムを統治していたフランスが、抵抗するベトナム人を収容するために建設した監獄(捕虜収容所)です。 実際に捕虜収容所として使われていた一部の施設を、戦争博物館として公開。拷問に使った道具や、当時のようすを描いたレリーフなどが展示されています。 写真が「ホアロー収容所」の入り口。美しい黄色のデザインの建物は明るく … Please check you have entered your email address correctly before continuing. こんにちは! ベトナム・ハノイに来て早3年弱!! ベトナム戦争時、アメリカは北ベトナムに対して大規模な空中爆撃を実施(北爆です)、1967年8月11日にハノイ近郊の紅河にかかるベトナム北部とハノイ市街地を結ぶ重要なロンビエン橋が攻撃されま … Try signing in with CONNECTED_THIRD_PARTY_NAMES or use another email address. | ブログを報告する. 【ホンシェルジュ】 ベトナム戦争は、ベトナムだけでなくアメリカやソ連など、各国の思惑がまじりあう複雑な背景から生じた戦争でした。世界中の国々に大きな影響を及ぼしたこの戦争をわかりやすく解説し、おすすめの本をご紹介します。 | Emmy(本の虫、歴史好きライター) | Please check you have entered your email address correctly. | This email has already been used to sign up with CONNECTED_THIRD_PARTY_NAMES. Copyright © GLOBE-TROTTER MEDIA PARTNERS Inc. © Diamond-BigCo., Ltd. All rights reserved. ベトナム戦争は、 1955年11月から1975年4月 にかけて、インドシナ半島で起きた戦争です。 原因は、北ベトナムと南ベトナムの内戦でしたが、アメリカやソビエト・中国が参戦し、 資本主義陣営VS社会主義陣営の代理戦争 となりました。 ベトナム好きのAkiです。 ベトナムを旅行して、そのとき感じたベトナム戦争の記憶というものを書いています。 tuaki.hatenablog.com tuaki.hatenablog.com 首都のハノイは、ベトナム人の相方が住んでいるので、しょっちゅう会いに行ってます。それで、時間が空いたりすると一人で観光地を見て回… © 2020 Expedia, Inc, an Expedia Group Company. ベトナムで仕事をさせていただいている者として、せめてその国の歴史くらい知っていてしかるべきかと思います。 いろんな方にベトナムの歴史を聞きますが、誰もしっかりとした答えを出してくれません。 なぜなのか、思うことを書かせていただきました。 To finish creating your account, please click the link we just sent to. 今までベトナムを旅行して、ベトナムが好きになって、ベトナム人の彼氏もできました。それで、遠距離ですけど恋愛してます。, ベトナム戦争が終わったのは1975年。そのあとにカンボジア・ベトナム戦争(第三次インドシナ戦争、1978年 - 1989年)があって、1979年には中国とも戦っています。, ということで、旅行先で自分が感じた、ベトナム戦争の記憶、を書いてみようと思います。それは、さまざまなところで感じたので、何回かに分けて書いてみようと思います。, 夕方のロンビエン橋 by Tu(彼氏)※3枚とも、とってもいい写真、全部好きです。橋の真ん中は鉄道路線。両端はオートバイが走る。, ベトナム戦争時、アメリカは北ベトナムに対して大規模な空中爆撃を実施(北爆です)、1967年8月11日にハノイ近郊の紅河にかかるベトナム北部とハノイ市街地を結ぶ重要なロンビエン橋が攻撃されました。2ヵ月後には修復されたのですが、20日もたたないうちにアメリカ軍により再度爆撃されました。この橋は1967年中に3度破壊され、3度修復されたそうです。こうした攻撃と修復の繰り返しは翌年以降も続いた、ということです。, 『アメリカに勝った記念じゃないよ。ただ、ベトナム戦争を記憶するために残されているだけさ』, 戦争の記憶は、ちゃんと目に見えるものとして残しておく、ただそれだけでいい、みたいな雰囲気をベトナム全体から感じます。, 日本人ゲイのAkiです。フリーランスの研究者、技術者、コンサル。彼氏はベトナム人のTu。, TuAkiさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog / Expedia Asia Holdings Mauritius / BEX Travel Asia Pte Ltd. 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Send me emails with travel deals, special offers, and other information. 首都のハノイは、ベトナム人の相方が住んでいるので、しょっちゅう会いに行ってます。それで、時間が空いたりすると一人で観光地を見て回ります。, そんな観光地の一つ、ハノイのど真ん中にあるホアロー収容所(Nha Tu Hoa Lo)にも行きました。, ホアロー収容所;フランス語名だと Maison Centrale。入口にはそう書かれています。メゾン・セントラレ、優雅な響きです。, でも、実際はホアロー、ベトナム語で、火が燃え盛る炉、という意味。 この収容所はベトナムでのフランス植民地拡大に重要な役割を果たしました。多くのベトナム人が政治犯として捕らえられ、拷問の末に命を失いました。ドンズー運動をおこしたファン・ボイ・チャウやベトナム独立革命を指揮した多くの人々がここに収容されました。, ※ドンズー運動、 東遊運動、19世紀末からフランス領インドシナで発生した、ベトナム民族独立運動、ベトナム独立の為、日本へ行き学ぼう、という運動。, また時代が下って、ベトナム戦争時、アメリカ上院議員ジョン・ マケインは、軍のパイロットを務めていた時に捕虜となり、5年間収容されました。また、ここで6 年間にわたる捕虜生活を送ったダグラス ・ピーターソンは、1997年、ベトナム戦争後初の駐ベトナムアメリカ大使となりました。, 実際に展示されている写真を見ましたが、アメリカ人捕虜の場合、虐待こそなかったようなのですが、戦時中は市中引き回しのようなことも行われ、一般市民からは、罵声を浴びせられていたようです。, 近代的なビルに囲まれた一角なのですが、そこの部分だけ、フランス植民地時代からベトナム戦争の時代の匂いがあるように思えました。, 日本人ゲイのAkiです。フリーランスの研究者、技術者、コンサル。彼氏はベトナム人のTu。, TuAkiさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog Vietnam・URL:http://www.hoangthanhthanglong.vn/, ヘルシーなグルメ、おしゃれな雑貨、南国リゾートなど、近年は明るいイメージが定着しつつあるベトナムですが、「戦争」もまたベトナムを知る上で大切な部分です。戦後まだ浅いベトナムが日々急成長を続け、風景も人々の意識も変化していく中で、あらためて戦争の歴史に向き合い、平和の大切さを感じることで、より奥深いベトナムを体験できることでしょう。ぜひベトナム旅では、これらの戦争にまつわる観光地も積極的に訪れてみてください。, お問い合わせ先一覧 | リンクについて | 運営会社と個人情報取扱について | 採用情報 | このサイトについて | スマートフォン用ページ. Expedia.co.jp logo is a registered trademark of Expedia, Inc. 日本人、ベトナム人など多くの子供達の為のダンススクールA-LIFE Dance Schoolを運営する傍ら、ハノイでイベント主催したり、新規事業始めたり、たまにハノイの生活情報を呟いたりする、自称アニメオタク&歴史オタクのダンサーNEMOTOです! 海外旅行・観光情報の「地球の歩き方」TOP >ニュース&レポート >観光 >アジア >ベトナム >ハノイ >戦車が国宝!ベトナムの戦争史を体感できるベトナム・ハノイの名所3選, 古く中国王朝による従属の時代、近代ではフランスなどによる植民地時代、そして人々の記憶に新しい、1960年代に熾烈を極めたベトナム戦争。国の独立を実現するまでに数々の戦いを経験したベトナムには、国内各地に戦争の爪痕が残され、各主要都市には戦争にまつわる博物館があります。本記事ではベトナムの首都ハノイにフォーカスし、「戦争」をテーマにした有名博物館を紹介します。, ベトナム軍事歴史博物館は、「ベトナム戦争」のみならず、フランスからの独立戦争など、過去の戦いを伝え、展示を通じてベトナムの戦争史を体感できる博物館です。敷地は屋外展示と室内展示に分かれ、当時の記録写真を用いた解説されています。また、軍服や武器、兵士の所持品などの小さな資料から、戦争時に使用された戦車、戦闘機、ミサイルなど、迫力ある巨大な資料までを網羅し、見ごたえのある博物館になっています。中でも圧巻は、国宝とされる旧ソ連製の戦車「T54B型843号戦車」です。1975年4月30日に南ベトナム大統領官邸へ乗り込み、ベトナム戦争を終結に導いた、終戦の象徴とされる戦車を見ることができます。また、所持品などの小さな資料からは、戦いの時代を生きたベトナムの人々を、リアルかつ身近に感じることができることでしょう。, 屋外展示の中で目を引くのは、戦闘機などの残骸で作られたモニュメントです。その一部には、フランスからの独立戦争「インドシナ戦争」において、ベトナム人民軍により撃墜されたフランス軍戦闘機「ヘルキャット」(アメリカ製)のエンジンも含まれており、壊れた機体が生々しい姿で戦争を伝えます。ベトナム国旗がはためくフラッグタワーに登れば、屋外展示の戦闘機や戦車群のダイナミックな全景が見晴らせるのでお見逃しなく。■ベトナム軍事歴史博物館・住所:28A Điện Biên Phủ Ba Đình, Hà Nội Vietnam・URL:http://btlsqsvn.org.vn/, ホアロー刑務所は、19世紀末フランス統治下時代、国の独立思想を持つベトナム人政治犯などを収容するため、フランスにより作られた刑務所です。創設当初は450人ほどだった収容者数が、やがて2000人を超える規模に変貌を遂げました。フランスが撤退し、ベトナムが南北に分断された時代には人材を育てる教育機関となり、やがてベトナム戦争に突入した1964年から1973年には、アメリカ兵を収容する施設として、その役割も変わっていきました。, 館内では収容所の歴史、写真、衣服、再現された牢獄、ギロチンなど、収容所の姿を伝える貴重な展示を見ることができます。ベトナム戦争時、ホアロー刑務所はアメリカ兵により「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれていました。その意味は、アメリカ兵にとっては「非道な扱いを受ける恐怖の場所」として皮肉を込めて呼んだもの。しかしベトナム側にとっては、「適切な扱いのもと快適な生活を送ることができた場所」と解釈され、そのニックネームの考え方は、双方に温度差があるようです。■ホアロー刑務所・住所:1 Hoả Lò, Trần Hưng Đạo, Hoàn Kiếm, Hà Nội Vietnam・URL:http://hoalo.vn/, ハノイ市内にある世界遺産「タンロン城遺跡」の敷地内にある、「作戦司令部」も見逃せないスポットです。悠久の歴史を感じさせる城跡の遺跡内にありながら、一部の建物の中には秘密めいた地下壕があり、階段を降りて行くとベトナム戦争時に使用された作戦会議室につながります。1965年に造られたといわれる地下壕には、当時の作戦司令部の様子が再現され、電信設備、双眼鏡などの遺品ほか、ティーセットなども残され、当時の様子をリアルに感じ取ることができます。■タンロン城遺跡内地下壕(作戦司令部)・住所:19C Hoang Dieu St., Ba Dinh Dist. ベトナム戦争時、ホアロー刑務所はアメリカ兵により「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれていました。 その意味は、アメリカ兵にとっては「非道な扱いを受ける恐怖の場所」として皮肉を込めて … You can only access your trip information and Expedia Rewards points from the Expedia site you booked on. We can't tell if you're a human or a bot. かつてベトナム戦争時の米兵捕虜から、たっぷりと皮肉を込め「ハノイ・ヒルトン(The Hanoi Hilton)」と呼ばれた「ホア・ロー刑務所」がそれだ。. 今日、ホア・ロー刑務所の一部はまだ現存し、それは、「ホア・ロー刑務所ミュージアム(Hoa Lo Prison Museum)」として一般公開されている。.