すべての栄冠を手に入れ、圧倒的な強さを誇った2005年のロッテ。これからもファンの記憶の中で生き続け、語り継がれていくだろう。 また、安打や本塁打と比べた時に最も得点効率が高いと考え、二塁打を打つ意識を練習段階から浸透させた。本拠地の千葉マリン(現ZOZOマリン)は一定の高さまで打球が上がると風で押し戻されるケースが多く、外野手の間を抜くようなライナー性の打球を打つことは理にかなっている。 強打の捕手として里崎と併用された橋本将は、「指示通りにやっていれば間違いない」と口にしていたが、選手たちが打席の中で迷いなく振り切るその裏には、プポを中心とした緻密なデータ解析への信頼があった。 もう現役であの2005年のロッテを経験したのはたぶん内竜也とか数人しかいないんでしょうけど。あ、当時の「対戦相手」ではベテランの鳥谷とか細川とかもいますけども(^_^;) スポンサーリンク. 堀幸一(.305)、福浦(.300)、マット・フランコ(.300)、今江敏晃(.310)が規定打席到達で3割をマーク。規定打席未到達ながらサブロー(.313)と里崎(.303)も3割を打つなど、個々のつなぐ意識の強さが結果に反映された。, 投手力も圧巻だった。渡辺俊介(15勝)を勝ち頭に、清水直行(10勝)、小林宏之(12勝)、ダン・セラフィニ(11勝)、久保康友(10勝)、小野晋吾(10勝)と6人もの先発投手が二桁勝利を挙げた。 成績: アジアシリーズ優勝 日本一 日本s:4勝0敗(対阪神) パシフィック・リーグ優勝 po第2s:3勝2敗(対ソフトバンク) po第1s:2勝0敗(対西武) レギュラーシーズン2位 84勝49敗3分 勝率.632 本拠地: 都市 千葉県 千葉市 美浜区: 球場 千葉マリンスタジアム. 2005年、リーグ最多となる二塁打(278本)を放っているのも、選手たちに二塁打を打つ意識が浸透した結果と言える。, 強いチームは若手とベテランがいい具合に融合しているが、2005年のロッテは若手、中堅、ベテラン、外国人助っ人のバランスが実にうまくとれていた。 若手の今江、中堅の福浦、ベテランの堀、外国人助っ人のフランコと、それぞれの世代と助っ人が同時に3割をマークするのも稀なケースではないだろうか(今江、堀、フランコはベストナインも受賞)。 レギュラーシーズン、プレーオフ、日本シリーズの計147試合で組んだ打線は135通りにも及んだ。これはバレンタイン監督の戦術を支えた統計アナリストのポール・プポによるデータ解析はもとより、日頃から指揮官自らが選手と積極的にコミュニケーションをはかり、個々の体調や精神状態を詳細に把握できていたからこそ成り立つものだった。 2005年のロッテはファンの間で語り継がれる伝説のチームだ。9年連続bクラスから脱却し、31年ぶりのリーグ優勝と日本一を達成した快挙はもとより、戦いぶりのすべてがセンセーショナルだった。 西岡は二塁・遊撃、サブローは右翼・中堅、フランコは右翼・左翼・DH、ベニー・アグバヤニは中堅・DH、イ・スンヨプは左翼・DH、里崎と橋本は捕手・DHなど、主力選手に複数のポジションを守らせることで、臨機応変により多くの選手を起用できた。 ロッテ一色に染まった2005年は、ただ強いだけではない。今回は、このシーズンが今も脈々と語り継がれている理由を振り返る。, バレンタイン監督は、対戦相手や選手の体調に応じて打線を毎試合組み替えた。前日猛打賞の打者が翌日はベンチスタートということもざらにあったが、起用はことごとく的中した。 チームの指揮を執っていたボビー・バレンタイン監督は勝利への情熱を注ぎ、ファンへのサービスも徹底。優れた戦略家、モチベーターでもあり、すべての選手からベストなプレーを引き出した。 ※2004年~2006年までパ・リーグで開催されたプレーオフは、第2ステージ勝利チームをパ・リーグ優勝チームとした。 ロッテの井上晴哉内野手(31)が24日、改めて05年以来のリーグ優勝を誓った。 球団はこの日、10月2日からの西武3連戦で、ロッテが日本一になった05年に採用された「誠ユニホーム」を着用して試合を行うことを発表。 サイト内の記事・写真・アーカイブ・ドキュメントなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。. 2020年プロ野球・千葉ロッテマリーンズ記事まとめ, ISMS認証登録番号:ISO/IEC 27001認証取得 No.ISA IS 0311. 打ち出すと止まらない打線に対し、主に3番を任されていた福浦和也が「全員がつなぐ意識が強い。どこからでも点が入る」と口にすれば、サブローも「誰かが突破口を開くと皆が立て続けに打ちまくるので、止まらないんですよ」と当時語っている。 チーム防御率(3.21)はリーグトップ。与四球(283個)、失点(479点)はともにリーグ最少。加えて、チーム守備率(.990)もリーグトップで失策(51個)はリーグ最少。強力投手陣を堅実な守備が強力にバックアップしていた。 リリーフ陣も盤石。YFK(薮田安彦、藤田宗一、小林雅英)と呼ばれた3投手のリレーで逃げ切るパターンが確立されており、打ち合いにも接戦にも強かった。 今回、今でも親交が続いている藤田、小林の両氏に、史上最強と言われる2005年のロッテについて語ってもらった。 2005年、日本シリーズで阪神を4タテし、31年ぶりの日本一に輝いたロッテ 小林 あの年はどんなチームが相手でも負ける気がしなかった。� ベニー師匠も含めて、何もかも懐かしい…(ノД`)シクシク 西武との第1ステージでは松坂大輔、西口文也、ソフトバンクとの第2ステージでは杉内俊哉、斉藤和巳、新垣渚、和田毅ら好投手との激闘を制してリーグ優勝(※)。阪神との日本シリーズではトータルスコア33-4という圧倒的な強さを見せつけ、4連勝で日本一を決めた。 日本プロ野球2005年度千葉ロッテマリーンズの公式戦全日程とスコア付きの試合結果をカレンダー形式で表示させていただいています。日本シリーズやアジアシリーズがあり 長い1年でした。 2005年の千葉ロッテマリーンズ . 通常、負け試合となれば、若手を中心とした控え選手に経験を積ませたりするのだが、この指揮官は「負け試合で交代させても悪い雰囲気を共有するだけ」と逆の発想を持っていた。そのため、勝ち試合の流れになると、控え選手を次々にグラウンドへ送り、勝つ喜びを皆で共有させたのだ。 日本野球機構(npb)オフィシャルサイト。プロ野球12球団の試合日程・結果や予告先発、ドラフト会議をはじめ、事業・振興に関する情報を掲載。また、オールスター・ゲームや日本シリーズなど主催試合のチケット情報もご覧いただけます。 日本野球機構(npb)オフィシャルサイト。プロ野球12球団の試合日程・結果や予告先発、ドラフト会議をはじめ、事業・振興に関する情報を掲載。また、オールスター・ゲームや日本シリーズなど主催試合のチケット情報もご覧いただけます。 ←2004 2006→ 2005年 千葉ロッテマリーンズ 優勝・84勝49敗3分 .632(レギュラーシーズン2位) 監督・ボビー=バレンタイン 2005/3/26: 6小坂: 4堀: 3福浦: 8ベニー: 9パスクチ: dフランコ: 2里崎: 7井上: 5今江 2005年 千葉ロッテマリーンズ ベストオーダー 2014年5月17日 2005年 , ロッテ megadora0904 シーズン1位・84勝49敗3分・(監督)ボビー=バレンタイン 打順は何番から始まっても得点チャンスが生まれるように、チャンスメークに長けた打者と長打力のある打者をバランスよく配置。4番にはOPS(出塁率+長打率).901で脚力もあるサブローが入り、チーム最多本塁打のイ・スンヨプやチーム最高打率の今江敏晃は主に下位打線を担った。 選手たちはボビーマジックとも呼ばれた独特の起用法、采配のもとで伸び伸びとプレーし、シーズン序盤で12連勝。その後も勢いは続き同年から始まった交流戦で初代王者に輝くと、84勝を挙げリーグ2位でプレーオフへ進出した。 同年から開催されたアジアシリーズの初代王者にも輝き、イースタンリーグ優勝、ファーム日本選手権優勝と合わせて6つのタイトルを獲得する偉業を成し遂げた。翌2006年に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第1回大会には、ロッテから12球団最多となる8名もの選手が選出され、世界一に貢献した。 若手の西岡と今江がブレイクし、中堅の福浦、サブロー、里崎らが中軸を担い、ベテランは掘をはじめ、初芝清、諸積兼司らも存在感を発揮。外国人助っ人のベニーとフランコ、イ・スンヨプも揃って活躍するなど、すべての選手が輝きを放っていた。 ロッテ一色に染まった2005年. 2005年の日本シリーズ (2005ねんのにっぽんシリーズ、2005ねんのにほんシリーズ)は、 2005年 10月22日 から 10月26日 まで行われた、 セントラル・リーグ 優勝チームの 阪神タイガース と、 パシフィック・リーグ 優勝チームの 千葉ロッテマリーンズ による第56回 プロ野球 日本選手権シリーズ である。