羽生善治四冠(当時)が名人位を獲得した第52期名人戦第6局、NHK衛星放送の解説が佐藤康光竜王(当時)と鹿野圭生女流初段(当時)だった。, NHKの人「鹿野さん、女性はお一人ですから、何か困った事があったらこの日向野(女性)に言って下さい」, タマ「竜王、竜王、NHKにかわいい子がいるよ。日向野さんて言うの。お昼、一緒に食べようか」, タマ「このホテルでケーキバイキングやってて、サンドイッチもあるんだって、お昼ごはんそこにしてもい~い?」, スタッフ「テレビのテロップ(字)に”素直な性格の竜王佐藤康光”って入れときましょうか」, タマ「それなら、”素直な性格だと自分で言ってる竜王佐藤康光”の方がいいんじゃない?」, (とは言いつつも日向野さんを誘ってケーキバイキングにつき合ってくれた佐藤竜王でした), タマ「うん、カッコイイ。村山君(七段)が棋聖になったら村山聖棋聖で、字面が悪いけど…」, 竜王・王将(ひらがなの読みが5文字)、名人(同4文字)、王位・王座・棋王・棋聖(同3文字)のこの当時のタイトルの中で一番言いやすいのはどれか、という問題は残されるが、この場合は、「康光君」と呼ぶよりも「竜王」の方が言いやすいということ。, 一般的には、「え、どんな人ですか」と聞いて「目がクリッとしてて髪が長くてかわいいよ」という答えが返ってくれば、多くの男性は内心喜ぶと思うのだが、佐藤康光竜王(当時)の反応は「はぁ」。, 佐藤竜王の好みが短い髪だったという可能性も残されるが、もしかすると「将棋を覚えたのは去年で、好きな戦法は棒銀」のような答えを期待していたのかもしれない。, ケーキバイキングについてのやり取りから、佐藤竜王の「え~」は、この当時の口癖だったと考えられる。面白い。, NHKの放送にこのようなテロップが出ていたとしたら、NHK史上に残るような画期的なことになっていたに違いない。, 佐藤康光九段は2006年に永世棋聖の資格を得ている。そういう意味ではとても気に入っている称号ということになるだろう。, 羽生善治五冠(当時)「棋士を夢見た時から名人を目指して来ましたので、感慨無量です」, 「三番勝負の初戦を落として後のない先崎は、いささかハデな格好で対局場に現れた。『ジャンボ尾崎が着てるような感じの柄のシャツですよ』と聞いて、おおっ、と思う」, 「一足先に四段になった村山聖が杉本昌隆三段の将棋を『振り飛車の本格正統派』と評したことがあった」. 実は12日の竜王戦で将棋を指すようになってから初めてという大ポカをやってしまった。その局面のまま将棋は夕休へ。鍋焼きウドンを注文して桂の間で食べようと思っていた佐藤さんは、ハッと大ポカに気づいてしまう。桂の間にいくのが恥ずかしい。そう思った彼は食事を放棄し東京体育館のあたりをウロウロと散歩することにしたというのだ。感想戦ではあの高橋九段も思わず笑ってしまったという。「横で対局していた羽生さんも噴き出していました。そのあとまったく表情を変えずに平静だった南さんに羽生さんは逆転負け。南さんはさすがです。羽生さんに悪いことをしました。将棋を覚えた人なら誰でも分かりそうな手なんですよ。それで、よく指してるなあと思って、自分でも感心していたんですけど」。というわけで、実は名人戦第7局がちゃんとした将棋を指せるかどうか一抹の不安があったという。, しかし、終わってみれば素晴らしい激闘を制し、フルセットの末の名人奪取となった。桂の間で食べられることのなかった鍋焼きも、納得していることだろう。, 佐藤康光名人(当時)が言う”将棋を指すようになってから初めてという大ポカ”は、第11期竜王ランキング戦1組3位決定戦、高橋道雄九段-佐藤康光八段戦で指された一手。, 7三の銀をつまんで8四に打ち下ろしたその駒音は高かった。▲8四同馬なら△7六角▲6七金△同角成▲同玉に、△8四飛と馬を抜いて良しが読み筋だ。, …おかしい。こう指したらどうするのか。だがこの男が指した手だ、何かあるはず。手堅く休憩後に指そう。, 次の一手は▲6四桂!で、投了。あまりのポカに隣で対局していた羽生も噴き出したそうだ。緻密流も人間だったと、皆安心していたが、やはりすごい男だったと再認識したのは一週間後。, 佐藤康光八段(当時)が桂の間で鍋焼きうどんを食べるのを放棄して、東京体育館の近辺を歩きまわった気持ちがとてもよくわかる。, レストランなどに入って食事をしたりする手もあったわけだが、とてもそのような気持ちにもなれなかったのだろう。, 1998年6月12日(金) の東京の天気は気象庁のデータによると曇り、夕食休憩の頃の気温は21.0度、湿度72%、日没時刻は18時59分。, 隣で行われていた羽生善治四冠-南芳一九段戦は竜王戦ランキング戦1組決勝戦。二人とも決勝トーナメントに進むのは既に決まっていたが、1組優勝と賞金360万円が懸かった勝負。, 「三番勝負の初戦を落として後のない先崎は、いささかハデな格好で対局場に現れた。『ジャンボ尾崎が着てるような感じの柄のシャツですよ』と聞いて、おおっ、と思う」, 「一足先に四段になった村山聖が杉本昌隆三段の将棋を『振り飛車の本格正統派』と評したことがあった」. 光九段、最年少で紫綬褒章を受章「羽生さんに勝つために独創的な棋風に」. 佐藤康光(さとう やすみつ)さんは、 1969年10月1日生まれです。 1981年春に、 小学生将棋名人戦に6年生で出場し、 3位になりました。 それまでは、 大きな大会に出ていなかったようなので、 華々しいデビューですね。 1982年12月6級で関西奨励会に入会します。 その後1年弱で2級に昇級しますが、 父の転勤のため、 関東奨励会に移籍します。 これには、 関西奨励会の棋士たちが、 嘆いたという逸話が残されています。 そして、 1987年にプロ入りをします。 1993年に羽生さんから、 竜王位をとり、 … 今回紫綬褒章を受章する佐藤康光九段(47)は、将棋界の褒章受章者としてはただ一人の四十代で、最年少になります。佐藤九段の共同記者会見の模様を紹介します。初めに佐藤九段は、次のようにあいさつをしてから質疑応答が始まりました。 佐藤康光名人(当時)が言う”将棋を指すようになってから初めてという大ポカ”は、第11期竜王ランキング戦1組3位決定戦、高橋道雄九段-佐藤康光八段戦で指された一手。 将棋世界同じ号の勝又清和四段(当時)の「第11期竜王戦」より。 羽生善治四冠(当時)が名人位を獲得した第52期名人戦第6局、NHK衛星放送の解説が佐藤康光竜王(当時)と鹿野圭生女流初段(当時)だった。将棋マガジン1994年8月号、鹿野圭生女流初段の「タマの目」より。☆竜王タマ「康光君て竜王なんだよね」佐