現地の犠牲者は、軍人だったのでしょうか? している点にあるのです。 という数字があるのですが、この根拠は何でしょうか? さて、日本人の加虐的な戦争による殺傷人数ですが、最も大きな戦場であった中国本土が内乱状態であり、中国人同士の戦闘行為の頻発や、内乱の社会混乱による餓死・病死人数が不明であり、かつ中国には戸籍登録制度が有りませんから統計は不可能です。 日清戦争 : 1894 º7月~ 1895 º3月:の死者 日本 清 備考 1万 3800人 3万 5000人 清軍の 死亡 者は不明な点も 多い 日露戦争 : 1904 º2月~1905 º9月:の死者 日本 ロシア帝国 備考 11万 5600人 4万 2600人 第 1. 日本語ウィキペディアによると、第二次大戦中の日本の民間人の死者は50~100万人です。 ものすごい数とは思いますが、じゅうたん爆撃や原爆で理解可能です。 しかし、インドネシアの300~400万人という数字はみな民間人で(軍人の欄は ※湾口 24 海里以内という基準は、すなわち湾の入口が完全に また、東南アジアでは第二時大戦に引き続き独立運動が発生し...続きを読む, 北海道にはサロマ湖や厚岸湖のように一部で海と繋がっていても湖と呼ばれているものがあります。ベネズエラのマラカイボ湖も同じだと思います。 24 海里以内であっても、湾の内側に別の国が存在しているので、 しても、それは現在の基準で海か湖かを判定する際には、ほと また、東南アジアでは第二時大戦に引き続き独立運動が発生し、欧米軍(宗主国)との戦闘による犠牲者が多数在った事は明白ですがこの事も客観的な死傷者の統計資料は在りません。 主流となっている研究などありますか? 主流となっている研究などありますか? られますし、各国沿岸から 12 海里以上の内側は公海になります。 また信用できる数字でしょうか? 戦前、欧米軍(宗主国)と独立闘争運動による現地人犠牲者。 >現地人も両軍に組み入れられたという事でしょうか? 領土や領海の概念が確立した近代になってからです。その意味で、 第二次世界大戦の犠牲者(wiki) 死者数 (人) 軍人 57,000 民間人 500,000〜 1,000,000 民間人の数が2倍くらい開きがあるのはなぜですか。 世界史 第二次世界大戦の中国人の犠牲者数は二千万人を超えている … それとも民間人? なります。問題は、マラカイボ湖が完全にベネズエラ一国に所属 戦後、独立戦争による犠牲者。叉は独立派・反独立派による戦争。元日本軍・現地人・欧米軍(宗主国)の犠牲者。  本来、マラカイボ湖のような内海は国際法上は「 湾 」にあたる られません。 また信用できる数字でしょう...続きを読む, URLを拝見しましたが、客観的資料性には乏しいと思います。 有名な戦闘における欧米軍・日本軍の死傷者数はそれぞれほぼ正確に算出可能ですが、大戦及び独立戦争を通して、中国人及び東南アジアの人々の正確な死傷者数は明確には出来ませんし、逆に明確にした資料が在ればそれはかなり政治的意図を持った資料を疑ってかかるべきでしょう。, URLを拝見しましたが、客観的資料性には乏しいと思います。 中国人 1000万人以上 フィリピン 110万人 インドシナ 200万人 インドネシア 200万人 さて、日本人の加虐的な戦争による殺傷人数ですが、最も大きな戦場であった中国本土が内乱状態であり、中国人同士の戦闘行為の頻発や、内乱の社会混乱による餓死・病死人数が不明であり、かつ中国には戸籍登録制度が有りませんから統計は不可能です。 なぜアメリカは戦争が好きなのか?儲かるからである。といっても武器を売って儲けるだけではない。アメリカが正義として参戦するために、どうやって相手を悪者にしてきたか……その「手口」を披露しよう。戦争ばかり起こしては「世界の警... サイコパス信長、種無し秀吉、ウンコ漏らし家康、アル中謙信、謀略王毛利元就、暗殺王宇喜多下剋上イケメン陶晴賢、2人の服部半蔵、ヤンキー正宗バカ殿ノブオ、ジュリエット松姫、悲劇の駒姫…他75名。戦国時代(15世紀末~16世紀末)ではわ... 当時のロシアは日本と比べて人口3倍、財力10倍、兵力15倍の大国だった。日本は国家予算の7倍をかけて大博打に出る。原因は日本をナメ腐ったロシアの南下政策である。勝因は……1つではなく、多種多様な間接原因が重なったものだ。日本軍30万とロシ... 【大学ランク7段階】大学の「学歴フィルタ一覧」一流企業はmarch関関同立がボーダー. http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/what.html こちらをご覧下さい。 1941年時点の日・米・英の海軍戦力比較表です。 太平洋戦争 - Wikipedia より(出典:松村劭著 『新・戦争学』 文芸春秋 2000年8月20日第1刷発行、ISBN 4166601172、49頁) よく第二次世界大戦で、日本は無謀にも弱小国なのに大国に刃向かった。  そうなると、マラカイボ湖を海と定義することに、なんらメリッ ので、外国船舶に対しては無害通航権が認められます。ところが、  本来、マラカイボ湖のような内海は国際法上は「 湾 」にあたる 日本語ウィキペディアによると、第二次大戦中の日本の民間人の死者は50~100万人です。 ものすごい数とは思いますが、じゅうたん爆撃や原爆で理解可能です。 しかし、インドネシアの300~400万人という数字はみな民間人で(軍人の欄は死者なしです)ちょっと訳が分かりません。 日本軍がインドネシア人をじゅうたん爆撃したはずはないし。, 日本語ウィキペディア「第二次世界大戦の犠牲者」のオランダ海上帝国領東インドで、民間人の人的損失です。, 数の大小の件:広島原爆で14万人、長崎で7万人の民間人死亡。去年は戦後70周年でしたし、アメリカに非を認めてもらいたかった。でもインドネシアの300-400万人に餓死が多く含まれるなら、そっちも酷い。ひっそりと餓死でなく、なんとか生き延びようと、拾ったものを食べて食中毒になったり、きたない水を飲んで下痢をしたりして、その挙句に餓死とかあったのではないでしょうか。質の点で原爆症もかわいそうですが、食中毒や下痢の挙句の餓死も質的には、相当苦しんだと思えます。広島、長崎、B29のじゅうたん爆撃で、第二次世界大戦では、基本、日本は犠牲者と考えているのですが、インドネシアも数x質でいうと、日本を越えていたのでは、と思い、アメリカに謝罪させるには、ちと気がひけるような気分なのです。数x質の点で広島長崎B29による50-100万人の日本の民間人犠牲者の方がひどかったと証明したいのですが、どうでしょう。, 「工事 鉄道」に関するQ&A: 中国受注のジャカルタ高速鉄道、工事“出発進行”できず, 「インドネシア 歴史」に関するQ&A: インドネシアの高校生向けの歴史教科書に, 公平で詳細なる回答有難うございました。資料は今後、初めから提示するよう心がけます。でも、ウィキペディアの「第二次世界大戦の犠牲者」インドネシア(オランダ海上帝国東インド)の民間犠牲者数の300万~400万は3万~400万とかに訂正してもらいたいものです。これを見れば最低300万と、誰でもビックリすると思います。でも安心しました。あなたのような冷静で常識のある方がいて解説して下さって。本当に有難うございました。, 詳細なる回答有難うございました。感激です。でも、No3さんがいち早く解答されていたので、BAはNo3さんにしました。済みません。, 「インドネシア 鉄道」に関するQ&A: 私は元在日韓国人です。愚痴らせてください。. という数字があるのですが、この根拠は何でしょうか? 戦中、1、日本軍の独立支持戦争による犠牲者。日本軍・現地人・欧米軍(宗主国)の死傷者。 第二次世界大戦において、日本は加害者でもあったわけですが、その詳しい内容が知りたいので、教えていただきたいです。またオススメの本やサイトなどあったら教えてください。主な疑問は以下の二つです。 現地人も両軍に組み入れられたという事でしょうか? 上層部のバカ共に文句も言えず、犬死にさせられた若者たちの無念を晴らすべく、「あえて」ボロクソに批判しようと思う。, 「陸軍の暴走」がすべての源といえる。政府の和平工作を無視し、独断で南満州鉄道を自作自演で爆破し、中国がやったことにして満州国の建国を宣言した。それがバレて国際連盟から満州国を否認されると、脱退して中国に攻め込んでしまった……外から見れば「頭のおかしい国」でしかない。, ハル・ノート(アメリカの最後通告)以前は「China」という文言に満州を含まない前提で交渉が進んでいたはず……ハル・ノートを突き付けられた時点で満州を日本統治、リャオトン半島などをアメリカとの共同統治で交渉すれば開戦を避けられたのでは?, アジアの狂犬「大日本帝国」は、ヨーロッパの問題児「ナチスドイツ」、ヨーロッパの朝鮮半島「イタリア」と3国で手を組んでしまう……どう考えても連合国より枢軸国の方がヤバい。日本は陸軍が手をつけられないほど暴走し、ロシア中国モンゴルアメリカと、片っ端からケンカを売りまくった。分別の無さは、ナチスドイツ以下であった。, 第二次世界大戦の日本人犠牲者とホロコーストのポーランド人犠牲者はどちらも約300万人で同等である。, ナチスドイツが行った「ホロコースト」というキチガイ行為は絶対に許されるものではない。同様に、日本軍が自国の若者にさせたのは、補給ナシでの遠征や機関銃相手の突撃など無意味な自滅・餓死・自殺攻撃であり、ホロコーストと同レベルの悲劇を招いた。, 天皇の言うことを聞くタイプだったから抜擢されただけで、人物面はクズでもないが、「総責任者」として第一に挙げねばならない。, インドに甘い夢を見てインパール作戦を承認、他にも多数の無謀な作戦を承認しまくった。「スルーしちゃった」が許される立場ではない。, 昭和天皇「英米との戦争は避けるように」山本五十六「負けるに決まった戦争をするヤツがあるか!」, 優柔不断で豆腐メンタル、左派へ右派へヒヨった。小さな争いを日中全面戦争まで発展させてしまい、東條英機に全責任を押し付ける形で退陣した。日中戦争がなければ太平洋戦争もなかったので、彼こそが日本の「破壊者」とも表現できる。, 本来は公爵として遊んで暮らす人生だった……にもかかわらず、周りに持ち上げられてしまい、A級戦犯になってしまい、自殺するハメになった。なんとなく貴族を継いだボンボンが「世間知らず・役立たず」は、わかっていたはず。彼は何も考えず周りに流されていただけであり、頭が空っぽの人物を総理大臣に「3回」も担ぎ上げたヤツらにこそ、本当の責任がある。, 親の七光りだけで元帥になってしまった……自分はご馳走を食べて芸者と遊びつつ、40万人もの日本兵を餓死させたクズ。, 無謀なインパール作戦を止めるどころか、強力に推進して決定させてしまった。7万人以上の日本兵が餓死するハメに。(後述), 誤報を鵜呑みにして部下の「猛」反対を押し切り、防衛すべきルソン島から、米軍が待ち受けるレイテ島に配置転換を強行。(この判断はホームラン級のバカ), 補給船を撃沈されまくり、飢餓に苦しんで米軍に打撃せず壊滅。37万人という大戦最大の犠牲者を出す。(そのうち90%が餓死である), 日本軍が餓死させた日本兵の数は、アメリカ軍による戦死よりはるかに多い。インパールの7万さえ、少なく感じてしまう……バカの作戦は原子爆弾以上の威力だった。, 日本兵が地獄を味わっている間、サイゴンでは豪邸に住み、日本から呼んだ愛人の芸者たちと優雅な暮らしをしていた。, 本人は終戦直後に脳卒中でポックリ死亡。代わりに無実の山下大将(こちらは名将)がマニラの戦犯裁判で責任を取らされて処刑された。, 真珠湾奇襲攻撃の原案を作成。しかも官僚がバカすぎて「宣戦布告なし」の卑怯な騙まし討ち攻撃になってしまった。, アメリカ国民は日本との開戦に否定的だった。しかし卑怯な騙し討ちにより怒り狂ってしまい、日本に正義の鉄槌を下す世論に変貌した。, ちなみに、ヒトラーはアメリカ軍に威嚇されてもその意図を見抜いて挑発に乗らなかった。, (Wikimedia Commonsより引用)人間機雷「伏龍」や人間魚雷「回天」を発案、特攻兵器「桜花」の研究を承認。, 戦後は実業家として大儲け。小物なのでここに挙げるべきでないが、あまりに汚い人物なので2位にした。, 日中戦争を甘い見通しでドロ沼化させ、アメリカとの講和でタイミングを何度も誤る……大本営のアホどもの大失態とメンツを守るために、未来ある若者が尻拭いで自殺攻撃させられた。, (『激動の昭和史 軍閥』 堀川弘通監督 より引用)ここで終戦としておけば、被害は半分以下だった。特攻隊も原子爆弾も多数のB-29も出番がなく、日本全土への爆撃も避けられた。そもそも日本の劣勢が決定的になったのは、2年前のミッドウェー敗戦(1942)であり、あらかじめ講和に動いておくべきであった。ところが陸軍と海軍が対立しており、お互い「腰抜け」と思われなくないので、見栄のためだけに戦争を続けていた。, サイパンを奪うまでは、空母から飛行機を飛ばして日本列島を爆撃するしかなかった。サイパンからは燃料補給なしで爆撃機が往復でき、ついに陸から日本全土を爆撃し放題になった……当然、その後の1年半で犠牲者が激増する。もはや戦争とすら言えず、単なる虐殺であった。, 陸軍省のバカ役人「2000万人の国民が特攻すれば必ず勝てる」 ⇒オマエらが最初に飛べ, 彼らが守ろうとしたのは、日本列島でも日本国民でもない。自分たちのメンツを守るためだけに、国民まで死なせようとした。, 飛行機の故障で戻ってきて、たまたま終戦を迎えた人の証言もある。「志願じゃない、強制だった」, 大集団の中で「志願したくない者だけ挙手せよ」という方法だったので、誰も拒否できなかった。, 「若者が自ら命を犠牲に」という表現をたまに見かけるが、それは違う。特攻隊を美談にしてはならない。, ドイツも日本と同じ状況だったが、ヒトラーは特攻を提案する軍部や志願する若手パイロットを力づくで止めた。「非人道的な命令は下せない」, おいおい、どの口で言ってるんだ?という気もするが、ヒトラーは自国民だけ、極度に愛していたのである。, 軽い機体に大きな翼……ゼロ戦は高速飛行はもちろん、急旋回にも低速飛行にも強く、世界一恐れられた。さらに日本軍エースパイロットも1:1の航空決戦なら世界一のスキルだった。つまり、戦闘機もパイロットも「質」はアメリカ以上。それを捨て駒に使っていたのである。, こんなバカな作戦にもかかわらず、若者たちの勇敢な体当たりにより、4000人の出撃で連合艦隊を50隻沈めた。これは連合艦隊全被害の40%にあたる。, 特攻した者は次々に死亡していくので攻撃スキルは一向に上がらない。しかし、相手の守備スキルは上がり続ける……, おまけに終盤は戦闘機不足で、練習機や偵察機、老朽機などのポンコツで出撃させられた。, いっぽうで、相手の守備スキルは上がり続ける……当初は想定外の攻撃で被害を受けたが、空母の周りに多数の護衛機や戦艦を配置。対空レーダーや対空砲も次々改良された。, 米艦隊は日本軍が想像もつかない高性能対空レーダーを搭載していた。そこへロクに訓練も受けさせず、ポンコツで出撃。, 終盤での成功率は限りなくゼロであった。100機のうちまぐれで1発当たれば良い戦果であったという。, 何色にでも染まる若者を特攻させるのは、イスラム過激派が子供を洗脳して爆弾をくくりつけて「聖戦」などと称する、自爆テロと同レベルの作戦。, 富永恭次、木村兵太郎、牟田口廉也……この3匹に共通していたことは、部下に撤退を許さないにもかかわらず、自分は芸者を伴って敵前逃亡した点である。, 部下が次々に襲いかかってくる敵と戦っている間に、自分は次々と女に襲いかかって一戦交えていたのである。, 実戦経験がない彼は、司令官としてフィリピンにいた時も特攻命令を出すしか能がなかった。, 「諸君らはすでに神である」「諸君だけを行かせはしない」「最後の一戦で本官も特攻する」⇒最初に行け。, アメリカ軍がフィリピンに近づくと上層部に無断で部下を見捨てて芸者を抱えて台湾に敵前逃亡。, その後は関東軍に左遷され、シベリア抑留にもあったが、戦後は大金の軍人恩給を貰いながら楽しくのうのうと暮らす。, 司令官として、先頭に立って指揮する場面である。ところが口が利けなくなるほど動揺……, 彼はなんと、インド・ビルマの政府要人、婦女子を含む在留日本人などすべてを無断で置き捨て逃亡。, ちなみにこの状況で、インドの首席は最後の一兵まで撤退を見送った。まさに、インドの誇り。, 最後を飾るのは「太平洋戦争の英雄(英国の雄)」牟田口閣下であり、本来ならば優勝である。, 兵士を地獄の前線で戦わせ(後述)、撤退を許さない。自分は遥か後方の安全な町で現地の女を囲い優雅な暮らし。, 部下が精も根も尽き果て、イギリス軍に夜襲をかけている間、自分はあり余った精力と男根で芸者に夜襲をかけていたのである。, 戦況が不利になると、死守を命じたまま部隊の帰還を待たずに自分だけ退却。敵前逃亡以前に、敵前にすら出ていない。, もはや日本軍同士で殺し合い、その肉を食べるのはもちろん、干して非常食にして携帯までする有様……, 日本兵が死んだ仲間の肉を食べ、骨をかじって生き延びている時に、遠く離れた安全の地でご馳走を食べ、酒を飲んで、女遊び……, (IRISOYAMA公式サイトより引用)戦後は生涯を通して証拠隠滅と自己弁護活動を続け、高額な軍人恩給を貪りながら、78歳で孫に囲まれて畳の上で死んだ。, 戦略上まったく必要性がない、インド北東部の都市「インパール」を攻め落とす大戦史上最悪の作戦である。, なぜか現地の反対を押し切り無謀な作戦を寺内寿一(準優勝)の後ろ盾で牟田口廉也(3位)が強行した。, 補給線を確保せずに攻略を開始。10万人のうち、7万2000人もの日本兵を死亡させた。死亡といっても戦死ではなく、イギリス兵と戦う前に、餓死で壊滅した。, 「制空権」を取ったイギリス軍は、日本軍には空から爆弾をドカドカ落とし、味方には救援物資や援軍をドカドカ落とした。, 登山に例えれば60kgの重装備を背負い、牛を引きつつ、岐阜から日本アルプスを越えて金沢に抜けるルートである。単なる移動ではない。イギリス軍の無慈悲な空爆があったから、空を警戒して神経を擦り減らしている。「携帯食のみ追加なし・不眠不休」で、道なき山中をヤブ漕ぎしながら、である。, ウシに大河や2000m級の山々を越えさせるという無茶な作戦。ウシを食べながら進軍するという意味不明な作戦。, 案の定、ウシが溺れたりヘタったりで動かなくなり置いていくハメに。生き残った家畜はイギリス空爆の目印になり爆撃されて銃弾を背負ったまま逃げてしまった……「食料も武器も同時に失う」という盛大なコント。一石二鳥が逆に出てしまったのだ。, 無茶口「元来、日本人は草食である」「山野の草木はすべて食料である」……と、遠く離れた現地の料亭で食いながら、芸者を部屋に連れ帰っていた。, 日本軍の退却ルートは白骨街道と呼ばれ、イギリス兵までもが同情する有り様。「皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ!」「兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ!」「弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか!」「銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ!」「腕もなくなったら足で蹴れ!」「足もやられたら口で噛みついて行け!!!!」……と、遠く離れた安全な町で怒鳴っていた。, 佐藤中将(名将)の部隊は、信じられないことに、なんとこの状況で善戦……現場がいかに優秀だったかを物語る。, 撤退を要請するたび、牟田口は激怒して却下。補給を何度要求しても「すぐ届く」とウソの返答ばかり。, その間にヤツがしていたことは、現地の芸者を囲って夜遊びつつ、神社を建てて奇声を発しながら祈り続けていた……飢えとマラリアでボロボロになった少佐に対して「そんなものは病気じゃない!」「貴様のような大隊長が居るから負けるんだ!」, 補給なしの最前線では銃剣で戦車に立ち向かう状況……飢えより怖い雨季が訪れ、飢餓+疫病が蔓延。前代未聞の「命令違反による撤退」しかなかった。, 「独断で全部隊を撤退させる」という、陸軍始まって以来の大事件が起こった。佐藤中将は死刑を覚悟して部下を救ったのだ。, 佐藤中将を有罪にしてしまえば、それに至った経緯が明るみに出てしまう。インパール作戦失敗によりそれを推進した東條や寺内、ビルマ方面軍を指揮した河辺など多数のバカが責任を負わされる。, 72000人もの死が「犬死に」扱いとなった。無茶口「陛下へのお詫びに自決したい」(直訳:当然、止めてくれるよね?)参謀「形式上は止めぬわけにはまいりませんが……」「今回は、心置きなく腹を切って下さい」 ⇒帰国して余生をまっとう, イギリスからすれば、数万の日本兵を自滅させてくれた功労者である。しかしそのキチガイぶりは、イギリス兵ですら軽蔑するほどであった。補給ナシでの作戦だったため、マシンガンを撃ちまくってくるイギリス兵に、日本兵は投石で対抗していたのである。牟田口閣下「一度、教育総監をやってみたい」, 太平洋戦争最大の激戦地といわれるが、実は、まったくもって「激戦」ではなかった。「激戦」とは同レベルの戦力どうしがガチンコで叩き合う状態である。, 日本軍はバカの1つ覚えで夜襲ばかり……日露戦争や第一次世界大戦の欧州二軍相手に通用していた攻撃をひたすら繰り返した。機関銃で待ち伏せしている相手にやられてもやられても、突っ込んだ。夜襲は「機関銃+待ち伏せ」で袋叩きにされ、日本兵は食料も尽き、睡眠もとれずボロボロ……アメリカ軍は違った。無尽蔵の補給戦線で交代制を確保し、日本の補給路を集中攻撃。あとは適当に威嚇して消耗⇒自滅させた。, なぜ補給路を軽視したか?「テストに出なかった」からだ。補給路の重要性が、陸軍大学校の教科書に載っていなかった。, もはや時代遅れとなった日露戦争の戦術ばかりを「お勉強」しており、総力戦における補給路の重要性を無視し、夜襲の成功体験にしがみついた。そもそも、日露戦争の旅順攻略あたりから、機関銃相手に突撃しまくって大量の戦死者を出し、補給が伸び切って前線がボロボロだった。にもかかわらず、まぐれの勝利に奢って何一つ反省しなかった。, 補給路を断たれた日本軍は孤立⇒自滅。3万の兵士のうち餓死病死が2万で、戦死者がわずかという意味不明な死者構成。, ミッドウェー海戦の失敗を無駄にせず、かなり奮闘した。しかし、こちらも同様に補給線を軽視して敗北。, 武蔵や大和ではデカすぎて遅すぎ。近海だけなら最強だが、広い大洋では足手まといで石油とカネを喰うだけ。もはや「空母+戦闘機」の時代であり、巨大戦艦など完全に時代遅れだった。, ①補給、②指揮官、③国力の差である。日本ではどこも激戦地と呼ばれた。しかし、それは日本だけ。相手からすれば単なる袋叩きでしかなかった。, あらかじめ制空権をとったエリアで進軍し、日本軍に包囲されても孤立はしない。空から兵や食糧、物資がドカドカ落ちてくる。補給路は「軍の生命線」であり、そもそも、腹が減っては戦はできぬ。, 日本は補給も応援もナシ……囲んでも内側から粉砕された。ゆえに、敵はまず補給路を狙ってくる。補給の継続と敵将の首を取るのは同じ価値があり、同じだけ難しい。日本はそれを軽視し過ぎて簡単に断たれた。, 食料と弾薬を計算し調達、ルートも防衛……敵将の首を取るのはシングルタスクだが、補給路の確保はマルチタスクになる。あらゆる部門との連携が必要であり、バカに任せると大敗する。というか、それで大敗した。, 兵士にはそこまでの差はなかった。(むしろ日本兵の方が質も士気も上)しかし、指揮官がまったく違う。, 日本軍を指揮するのは陸軍大学卒(笑)で実戦経験に乏しい年功序列の試験モンキー。作戦は安全な場所で考える、机上の空論。, 連合軍を指揮するのは実戦経験豊富な将軍たち。戦果次第で階級も頻繁に入れ替わる。勝てるワケがない。, レイテ・ガダルカナル・インパールなどでそれを日本兵相手に大爆発させた。餓死だけでヒロシマ・ナガサキ原爆を遥かに上回る、35万人以上もの死者を出す。, アメリカと日本の生産力は、数十倍であった。造船10倍、戦車100倍、石油200倍……トータルでは30倍くらい。勝てるワケがない。, 捕虜になってアメリカに連行された日本軍兵士たち。地平線の彼方まで広がる小麦やトウモロコシ畑の中を、自分たちを運搬する鉄道が通っている。, 飛行機で種まきして、ブルドーザーで収穫している。日本では女子供が腰を曲げて植え付け、収穫は鎌を使って日が暮れるまでやる。, 実戦経験ゼロの試験モンキーが作戦の指揮を執っていたからである。そのおかげで、階級が上がるほど無能な組織になってしまった。, 陸軍の昇進には、陸軍大学卒であることが絶対条件……戦場でいくら手柄を立てても出世できなかった。(この時点で頭がおかしい), 試験モンキーが役に立つのは、計画通りの場合だけである。彼らの視野は狭く、まったく想像力がない。現場経験もないので応用も効かず、多彩な状況判断ができない。, あとは、魚釣りと同じである。かかったら軽く糸を張っていれば、魚は勝手に暴れて消耗する。疲れ果てたところで釣り上げる。, アメリカ・イギリスがしたことは、まさに「魚釣り」といえる。補給路を断って日本軍を適当に射撃して交代しながら眺めているだけでいい。補給も交代もない日本兵は勝手に飢えて、死んだり疲弊していく。司令部からは兵や救援物資でなく、「根性!神国!大和魂!」の無線が届くだけ。充分に数が減り、弱りきったところで一気に袋叩きにされた。, 戦争に参加しなければ「非国民」呼ばわり、挙句の果てには、戦闘機での自爆特攻など、キチガイ丸出しの命令をする、現在の北朝鮮と大差ない国であった。, (Wikimedia Commonsより引用)天皇を神と崇め、日本を神の国だと本気で考えていた。, 10戸ごとにまとめて「隣り組」とし、「非国民」を互いに監視させ、密告させ合った。欧米人から白い目で見られるのは、当然である。いま我々が北朝鮮を見るような目で、見られていたのだ。, 日本軍⇒日本兵・日本国民と、アメリカ軍⇒日本兵・日本国民の差があまりにも大きすぎる……, 大義とは「領土」や「民族」である。竹島を、北方領土を、尖閣諸島を……で戦うならまだわかるが、侵略して植民地を……などは言語道断である。, 天皇は戦争を避けるように言い続けたが、暴走した陸軍を、もはや誰も止められなかった。, 沖縄も、捨石だった。明治から本土にずっと差別されてきたのに、同じ日本人として扱ってもらいたいから、日本兵に積極的に協力したにもかかわらず、だ。サイパンに至っては一般人まで見捨てられた。, 硫黄島に送られた25000人の兵士は、最初から生かして帰す気などなかった。火炎放射器で地下トンネル対策された後は、爆弾を抱いて戦車に飛び込むなど、特攻隊並みの自殺攻撃をさせられたのだ。, 日本陸軍の特徴としては、上の階級ほどバカになっていくことだ。「現場は有能・上層部は無能」である。, 実戦経験ゼロの試験モンキーが出世コースに乗る……その伝統は現代の政府・企業にも受け継がれており、本当にタチが悪い。, 他にも辻・南雲・大西・石原など、凡将・愚将と呼ばれる人物は数多く存在する。ただし敵が強すぎるし、司令部は無能だ。我々が想像もつかない極限状態なので、誰が失敗してもおかしくはない。その状況下で逃げもせず最前線で命を張った人物ならば有能・無能にかかわらず叩くべきではない。, いずれにせよ、財閥の金儲けやバカ共の見栄のために勝ち目のない相手に飢えと袋叩きで犬死にさせられた若者たちが不憫でならない……, 言うまでもないが、アメリカとて悲劇はあった。戦争にどちらが良い・悪いもない。どちらも「悪い」のである。, 冗談が通じない人、神経質な人には 当サイトの閲覧をオススメしません。 (記事は言論の自由による個人の感想です), 【Topページへ】(クリックで移動)「iirou.comの画像」はスクリーンショット・ダウンロード・直リンク・転載を禁止しています。※SNSシェアボタン・CC-BY-SAを除く, 全くやる意味がなかった訳ではないと思います。 日本が戦後平和になり民主化され経済発展したのは尊い犠牲を払ったあの戦争があった為とも言えます。 今でこそ日本製品は高品質と言われますが、アメリカに習うまで部品の規格や品質管理の概念すらなかった国ですから。 そして、アジア独立にも多大な影響があったのは確かです。 アジア人に勇気を持たせたというのは大きいし、物理的にも戦後の独立戦争を日本の残した武器や将校の手助けで戦ったりもしました。 あと、序でに言うとルーズベルト大統領は部下に共産主義者もいる共産主義寄りの人で、かつ非白人種の日本人を人種的に毛嫌いしていたと言う事実もあります。 上の人達が救いようない愚将なのは納得ですが、山本五十六も軍政家としては兎も角軍人としては少なからず愚将と言えるかと。 井上さんと並んで航空隊を育成したまではいいけど指揮能力作戦能力は皆無。 彼の指導のせいで戦力的に優位な時期から大敗し続けてました。 脅迫的に辞任を仄めかしてまで無理矢理実行したミッドウェー、再建した貴重な母艦航空隊を陸上運用し浪費させたイ号作戦も大した戦果もなくミッドウェー以上の搭乗員の犠牲でその後の再建を困難にし、これ以降練度が上がる事はありませんでした。 ミッドウェーは南雲や黒島を責める人は多いのに何故か総大将で辞職を仄めかしてまで実行させた張本人が非難されないのはおかしいかと! 最終的に反対する軍令部にこの作戦を強制させたのは山本さんですから。 戦前の山本の読みとは違い、日本海軍は戦力的にアメリカに圧倒される以前から無能な指揮のお陰で開戦半年で敗北をしたんです。 仮にアメリカの半分の工業力があってもあの戦争には負けていたでしょう。 上記の人達は仰る通り責任は大ですが、彼らだけの責任と言うより元を辿れば、島国の日本から孤島や遠隔地で戦う以上海軍がシーレーンを守る義務があったのに、補給不足に陥ったのは海軍に責任もあるのでは? 更に台湾沖の誤報を出したのも海軍ですし。 実際、補給が一応あった、大陸の戦いでは練度も装備も優れてそうな末期のソ連軍相手に南方に戦力を抽出された軍でかなり義戦してます。 他にも中国軍相手とはいえ大戦後半の1944年でも大攻勢に成功してました。 あと、情報漏れも意外に思いますが、確か陸軍の物は枢軸国では珍しくあまり漏れておらず、戦史で言う序盤から情報筒抜けは海軍暗号の事でした。 陸軍軍人ばかり無能がイメージがありますが、調べると意外な程に海軍もかなりアホな気がします。 特攻も海軍発ですし、陸軍は真似しますが、海軍に比べれば小規模でした。 富永みたいに敵前逃亡はしてないけど、大西とか終戦末期になっても本気で2千万人特攻させれば勝てると言いふらしてたらしいですから。自決したとは言え許されないでしょう。 北朝鮮を見る目と仰いますが、当時は人種差別が激しかったのも原因かと思います。 実際、日系人は強制収容され財産も没収されたのに、よりスパイに役立ちそうなドイツ系やイタリア系は収容されませんでしたし、単純に完全に日本が悪って事ではないと思います。, 陸軍軍人は政治力がなく実戦でも無能が多いけど、たまに名将もいるのに海軍には政治力はある人はたまにいるけど、軍人としては凡将か愚将しかいないって感じでしょうか。 特攻も最初は自身らで外道の戦法と言っていたのに長い負け戦でおかしくなっていったんでしょうね。, 東条英機が首相になった時点でもう既に超大国アメリカとの戦争は避けられなかった。 東条は天皇が戦争を避けたがっているのを理解していたので早期に終戦に持ち込もうとしていたが、だが国力差数十倍の国との戦争は想定以上に絶望的だった。 昭和天皇は戦後も東条のことを決して悪く言ってない。(部下にはとことん恵まれてないが) 確かに上げられてるクズには同意するが、東条だけは同列視するのは流石に気の毒。 東条より先代の近衛の方が遥かに罪は重い……近衛のタイミングなら戦争は回避できた。(だが日和った), 当時の日本も、議会制民主主義国家であり、 共産主義国家 北朝鮮と同一視するのは、適当 ではない。 俺が思う 当時の指揮官の中で無能な指揮官は、 意外に思うかもしtれんが、連合艦隊司令長官 山本五十六さんだ。 真珠湾攻撃は、大失敗です。 真珠湾に大型石油タンクが、あるのに空爆しな かつた。 その石油タンク施設を、破壊しちまえば、米海軍 は、半年は、なにもできなかつたと言われています。 古い旧型の戦艦 駆逐艦ばかり沈めても、意味ないよ。 近くに、空母 2隻が、航海してたのに、何故攻撃しな かつた❓ 日本が、有利な状況なのに、何故果敢に攻撃しないのか❓ この2つの作戦を遂行し、成功してたら、それこそ山本 五十六が、常に考えていた早期講和もあつたであろう。, それは南雲中将が撤退したからや。 だいたい負けたんは軍部が弱気なせいダァ。 同志匿名よby)スターリン そしてなあ軍部大臣現役武官制というのが復活してな政府が形骸化したんだよ、 山本五十六は現場視察もしていたし 仮に五十六の乗っていた飛行機が落とされなかったら 五十六は大和に乗って最後の反抗に出ていたと思う。 山本五十六は出来ることを最後までしたし (←流石に分かりませんが)第一調べてから言いましょう。 僕的にはニェットではなくダァーダ ダ ダ ダ ダ ダ ダ 同志by)悲しみのマレンコふ 間違ってても返答できないです’オワタ\^○^\, いやー、思うことは一つだけあり、 今の日本のトップの人たちは当時から変わってないなという一点だけてすね。 会社の上司にしろ、キモい精神論ぶつけてくるし。, 海外だとAI導入始めているのに、 こっちは終電まで働けって言われるのを見ると、 本当に何も変わらないというか。 虚しくなってきますね。, 1番の責任は昭和天皇だろ 戦争の許可出したのは仕方ないにしても特攻で人が死んでいくのを放置して原爆落とされるまで降伏しないとかありえない 日本の象徴とか言って崇めらてるけど意味不明だわ, 戦争の一番の原因は天皇だという方がいますが、それは余りに事実を見ていない極めて単純な結論でしょう。  昭和天皇は当時最高の知識人でしたし、日本が戦争に勝てないことを知っていたため、当初から戦争には反対の立場を表していました。しかし、明治憲法で定められている拒否権を発動すると軍部がクーデターを起こしかねないことが分かっていたため、どうすることもできませんでした。  御前会議では事実上の発言権がないにもかかわらず、「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」と異例に和歌を詠まれたのはそのためでしたし、それは戦争遂行に明け暮れる軍幹部が牛耳っている御前会議でできる精一杯の抵抗だったのではないかと言われています。  ましてや、戦時中は前線での悲惨な戦況を知らされようハズも無く、それでも戦争末期には国民総玉砕を主張する軍部を遮って、「国民を守るためなら自分はどうなっても構わない」との言葉とともに終戦の英断を下され、日本民族を消滅の危機から救ったのは偉大な功績だと思いますよ。, 昔はここに書かれているみたいな風に思ってたけれど、最近は疑問に思ってる  そもそもがアジア中を植民地だらけにされ、中共にはフライングタイガーみたいにアメリカが裏から支援し、ルーズベルトは極度の反日主義者で、戦争する口実を探していた。あの中でアメリカと組めるとは思えない。逆にそう考える人がいたからこそつけ込まれたのかもしれないとすら思う。  主はナチスの評価が高いみたいだけど、冬服も支給しないで、現場からの要求も無視して2回も冬のソ連に攻め込むのはバカだし、イギリスに攻め込もうとしたナチス上層部もバカだし、モスクワ目前で油田に狙いを変えたのも日本以上のバカ。  ヒトラーは自国民に自分の盾になれとしか言わなかったし、自国民を大切にしたとは到底いえない。未成年者を集めて乱交させて、アーリアの血を増やそうとかそんな事させていたんだし。日本は八紘一宇の大義名分を掲げたから、自国民には厳しい面もあったけど、それを普通は大義という。だから日本軍はアジアに美談も残している。ナチスにそれはないし、ナチスがどこかの民族の独立の発端になったこともない。  東条さんも官僚だっただけで、そこを戦犯とするのはどうかな。政治を放棄した政治家達が一番情けない。東条さんはユダヤも逃すのを黙認したようだし、指導者として有能では無かったかもしれないが、戦犯とは言い難い。  他のコメントにもあったけど、山本五十六は海軍内では博打好きで知られてて、海軍の家族には人間的におかしな人と思われていた。評価はしかねる。  そして軍の人事に関しても欧米でも学歴重視だったのが、グダグダの第一次世界大戦を経た結果から叩き上げに主導権が行くようになってただけで、フランスといいやはりバカな軍人は多い。ナチスにマジノ線突破された辺りなんて愚の骨頂。ノルマンディだってナチスも連合軍も失策続きだったし、あれも現場が頑張った。上層部は無能と言っていい。  結果的に日本は第一次世界大戦を経験できなかったのが痛かった。  日本の軍部のバカさ加減をいう前に、それぞれの失策などをきちんと整理して、次は負けないように、組織の腐敗をなくすように、と歴史教育しなくちゃいけないんだよなぁ。けど、実際には戦犯探しばかりで、しかも日本が劣っていたのを前提に結果論で分析してばかりいる。  ナチスに対してのチェンバレン外交が失策だったように、ナチスの方が欧米人らしくルール無視のズルさがあったということと、黄禍論を持ち出すまでもなく日本は今に至るまで欧米の差別を受けているという前提は重要だと思う。  大東亜戦争はマッカーサーも日本による自衛の戦争だと言ったように、軍部の暴走とばかり言えない側面がある。アジアがほぼ欧米に侵略されていたのだから、ABCD包囲網と戦う羽目にもなった訳で、植民地を持ってアジアを蹂躙していた欧米が一番の悪であるのをもう少し大っぴらに言わないと知らないとが多いのも問題。, 祖父やシベリア抑留された 近所の爺さんの話を聞いて育った私ですが、 胸がすく記事でした。, こんな上層部の中、 様々な思惑があったにせよ 樋口季一郎みたいな人の動きは中々考えさせられます。, ちょっと待ってくれ。 指揮官が無能な奴がいたまではいいとして その後は口が過ぎるんじゃないか 日中戦争で宣戦布告? よう調べてからものを言ってくれ。 どこに対して宣戦布告をするんだ? そもそも宣戦布告はなしでも当時も今でも問題は無い んでアメリカはいまだに一度も宣戦布告なんかしたことない。, 非常にいい記事ですね。 東條を賛美するネットの無知な奴らが多いなか、 数少ないまともな記事。, 日中戦争でも最前線でがんんがん前に進み。 不拡大方針の石原莞爾を飛ばす (なのにネットでは、日中戦争の拡大は、 近衛が、悪く東條は、被害者とか 訳の分からんことを言ってるやつらが、 うじゃうじゃ沸いてる), 挙句、数多くの無謀な作戦を支持 (それもなぜか、全部ネットの連中は、近衛にせいにする), とにかく、東條が、軍人としてとった拡大路線 (反対した人も多くいた「石原莞爾など」) や、首相になってからの数々の無謀な作戦の支持。.